自由民主党徳島県参議院比例区第二十二支部
中村ひろひこ
中村ひろひこ
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 プロフィール
  
■中村博彦(なかむら ひろひこ)
1943(昭和18)年 徳島県麻植郡川島町(現吉野川市)に生まれる

川島小学校6年1組級友達と(S29.11)
 
1965(昭和40)年 徳島大学学芸学部 卒業

福祉と政治への志を得た徳島大学時代、草の実学園にて(S41.11)

徳島県立城北高等学校教諭 などを経て、

城北高校相撲部監督として(S42.6)
 
1980(昭和55)年 社会福祉法人健祥会設立

特別養護老人ホーム水明荘 落成式(S55.3)
 
1985(昭和60)年 同会 理事長就任
1999(平成11)年 全国老人福祉施設協議会会長に就任
社会保障構造の在り方について考える有識者会議、社会保障審議会などの委員を歴任


「社会保障構造の在り方について考える有識者会議」(H12.4)
 
2002(平成14) 介護福祉議員連盟(森喜朗会長)発足

介護福祉議員連盟設立総会(H14.10)
 
2004(平成16) 福祉介護の現場体験者として、第20回参議院通常選挙に比例区より出馬、当選

第20回参議院議員通常選挙 初当選(H16.7) 
 
2007(平成19)年 全国老人福祉施設協議会会長に再任(5選目)
         自由民主党参議院副幹事長、参議院厚生労働委員会理事、日本ゲートボール協会理事 歴任

現場の声を力強く発信!
厚生労働委員会にて(H16.11)

初の国会議員現役プレーヤーとして
第6回全国社会人GB大会 ベスト8へ 
つくば市(H16.9)
 
2008(平成20)年 総務大臣政務官【地方自治・消防担当(旧自治省担当)】
 
 
 ■人生の書
 
 司馬遼太郎「龍馬がゆく」
 とことん日本人離れし、同時代人離れしている竜馬という人に胸を熱くしながら、何度も読み返した。そして、高知を訪ね、竜馬出奔の道を辿ってみた。愛媛との境までの山岳渓谷二十余里。竜馬はこの山道をだ雪の残る頃、着流しに、ひょうたんかついでひた駈けた。人生は一度である。行動あるのみ。これは私のもっとも大切な人生訓のひとつとなった。
 
 山岡荘八「信長」
 比叡山の焼き討ちのくだりには体が震えた。胸のすく思いだった。比叡山という腐った偶像、古くなったヒエラルヒーを打ち破っていった信長の心意気に打たれ、古い価値観、すなわち人のつくったものは変えれることをあらためて思い知った。
   
 
 ■人生の出会い
 
 知的障害者入所更生施設「草の実学園」
 徳島大学四年生のときに訪れた知的障害者入所更生施設「草の実学園」に私の原点がある。同じ人としてこの世に生を受けながら、過酷な障害を背負っている人たちがいた。片や、五体満足、何不自由ない自分がいた。どうすることもできない障害を、彼らはしかし、のともせず、健気にがんばっている。あのときの、身ぶるいがおこるほどの驚きと感動は今なお忘れられない。その夜、私はまんじりともできなかった。彼らを支えているのが、家族の並々ならぬ努力とわずかな人々の善意のみであるというお粗末な福祉の現状に憤っていた。政治への憤りと草の実の子どもたちのやさしく輝くまなざしが、私の心に正義の火をあかあかと灯し、福祉家へ、政治家への道につながっていったのである。