司馬遼太郎「龍馬がゆく」
とことん日本人離れし、同時代人離れしている竜馬という人に胸を熱くしながら、何度も読み返した。そして、高知を訪ね、竜馬出奔の道を辿ってみた。愛媛との境までの山岳渓谷二十余里。竜馬はこの山道をまだ雪の残る頃、着流しに、ひょうたんかついでひた駈けた。人生は一度である。行動あるのみ。これは私のもっとも大切な人生訓のひとつとなった。
山岡荘八「信長」
比叡山の焼き討ちのくだりには体が震えた。胸のすく思いだった。比叡山という腐った偶像、古くなったヒエラルヒーを打ち破っていった信長の心意気に打たれ、古い価値観、すなわち人のつくったものは変えられることをあらためて思い知った。
知的障害者入所更生施設「草の実学園」
徳島大学四年生のときに訪れた知的障害者入所更生施設「草の実学園」に私の原点がある。同じ人としてこの世に生を受けながら、過酷な障害を背負っている人たちがいた。片や、五体満足、何不自由ない自分がいた。どうすることもできない障害を、彼らはしかし、ものともせず、健気にがんばっている。あのときの、身ぶるいがおこるほどの驚きと感動は今なお忘れられない。その夜、私はまんじりともできなかった。彼らを支えているのが、家族の並々ならぬ努力とわずかな人々の善意のみであるというお粗末な福祉の現状に憤っていた。政治への憤りと草の実の子どもたちのやさしく輝くまなざしが、私の心に正義の火をあかあかと灯し、福祉家へ、政治家への道につながっていったのである。